変化の年が始まった

あけましておめでとうございます。

昨夜は、寝る前に「今年のテーマがわかるような夢がみたい」と頼んで眠りにつきました。

最近はメッセージだけを受け取るような夢が増えていて、ストーリーや映像すらない場合もあるのですが、大事なことはしっかり覚えていることが以前より多くなりました。

夢で受け取ったメッセージのひとつは

「とにかくやってみて、走りながら考える」

もうひとつは

「一見、なにも変わっていないようで、大きく変わっている」

起きた後、しっかり覚えていたのは、この二つでした。

「走りながら考える」は、まさにリーン・スタートアップ(スタートアップのマネジメント手法)ですね。今年は仕事に大きな変化がありそうで、年末からすでにその予兆を感じています。

そしてもうひとつの「なにも変わっていないようで変わっている」というのは、つまり中身が変わるということだと思います。

たとえば、いまと同じ家に住み、同じ会社で働いていても、生活も仕事も変わるというような、社会的な立場は変わらないけど内容が変わるということもあるでしょう。

もしくは、いままでと同じ生活をしているように見えても、自分の意識が変わった結果、違う生活になる。客観的な事実だけを並べると、なにも変わっていないようだけど、主観的には大きく変わるということもあると思います。

進行形にも、完了形にも読める「変わっている」と言い方をしているので「もうすでに変化は起きているよ」という意味にも取れますね。

変化は内側から起こって、現実に投影されるもの。変化の土台ができた、つまり、エネルギーのレベルではすでに変化が起きているということかなと思うと、しっくりきます。

どんな一年になるのか、とても楽しみです。

今夜は初夢ですね。みなさんもぜひ、どんな夢がみたいか、注文してみてください。

Happy Full Moon Christmas !!

早い時間には、ぞっとするぐらい美しい満月が見えて、クリスマスというより満月の夜という感じだなーと思ったのですが、エネルギーの変わり目と言われる冬至のすぐ後の今夜は、やはり特別な夜だと感じます。

来年は、大きな変化の年になるだろうなと覚悟していたのですが、すでに、変化の予兆とも思える出来事が次々起きることに日々驚かされていて「もう無駄な抵抗をせず、信頼して波に乗っていこう」と思っています。

最近強く思うのは、スピリチュアルな仕事をすることって、なにもヒーラーとかカウンセラーに限らないな、ということです。

もちろんそういったこともやっていきたいのですが、ずっと続けて来たWebの仕事に活かしているいまも、とても楽しくて、やりがいを感じています。

たとえば、広告の仕事にスピリチュアルな考え方を取り入れる。そうすると、広告主の出してくれたお金で、自分ひとりではあり得ないほど多くの人にメッセージを届けることができ、そのうえ対価までもらえるのです。もちろん、広告主にもメリットがあるから成り立ちます。

もう「これはスピの仕事」とか「これは普通の仕事」とか、分けて考えること自体が、時代遅れな気がします。

来年は、そういった変化も加速していくのではないでしょうか。楽しみでなりません。

怒りの感情の三段階

先日「怒りの感情、怒りのエネルギー」という記事を書きましたが、怒りの感情について、もう少し書いておきたいと思います。

みちよさんの元で学びはじめたころから、感情を観察することが習慣になりました。自分にとっては当たり前になっているので、わりと瞬時にやってしまうのですが、中でも怒りはわかりやすくて、観察がしやすいと思います(ただし感情にどっぷり浸っているような時は別です!)。

観察を続けるうち、怒りの感情には、3つの役割があると思うようになりました。

 

怒りや不愉快な感情が出て来たとき、わたしがまず最初にするのは

「わたしは、なにが嫌だと知らせたいの? なにが悲しいの?」

と自分に問いかけることです。この段階の怒りは、自分のため。自分の望みを知るためです。ここで答えが出ると、感情のレベルでの癒しが起こります。怒りの奥にあるのは、基本的には悲しみ。さらに悲しみのその奥には、叶えられなかった願いがあります。

ちなみに、自分で答えに気がつくと、怒りを他人にぶつけなくても癒しは起こります。怒りから、感情的な行動をするのは、諸刃の剣を振り回すようなもの。相手も自分も傷つけてしまった後に悔やむのは自分です(荒療治が必要な場合もあるかもしれませんが、その話はまた別の機会に)。

感情を抑制し過ぎて生きて来ていると、それを癒す過程で、感情を出すことを無理矢理しようと努力してしまったりもしますが、頑張って無理に出そうとしているなら、そこにも問題が隠れています。感情は、本来それを味わう過程で表現されるものですよね。

だからと言って、怒りを押さえ込まないでくださいね。怒りを表現していいんです。わたしは余計なことはあまり言いませんが、だいたいいつも、顔に出ていると言われます(笑)。

大切なのは、自分自身が怒っていることにちゃんと気がつくこと。怒っている自分を責めたりしないこと。そして、怒りの根っこにある思いに気がつくことです。

人に伝える必要がある怒りなら、もちろん伝えていいんです。
人に対して怒る必要のある場面も、あると思います。

 

癒されるべきは、感情のレベルだけではありません。もうひとつ、大切な質問をします。

「わたしも同じようなことをしていないかな? この出来事は、何に気付かせたくて起きたのかな?」

例えば、感じの悪い言い方をされて、むっとしたとします。そんな時に自分を顧みると、同じようなことをしていたりするものです。この段階の怒りは、自分の成長のため。よりよい自分になる気づきを得るためです。

ここで答えが出ると、主に人間関係に癒しが起きると思います。他人は自分の鏡だと言いますよね。自分が変われば、周囲の人の態度も変わっていくものです。そして、人間関係に癒しが起きるということは、自分の現実の世界がよりよくなることでもあります。

 

このふたつの質問では、答えが出ないこともあります。そうしたら、最後の質問です。

「わたしに何を知らせたいの?」

ここで知ることは、自分を顧みるための気づきとは別のものです。天命を知るため、自分の目的を知るため。そういった怒りもあるのです。わたしが必ず激しい怒りを感じる事柄には共通項があって、それらは突き詰めると、既成概念や集合意識への怒り、社会への怒りです。

そしてそのたび「わたしはそれらに変化を起こしたくて、ここ(地球)に来たんだ」と改めて思います。

残念ながらいまのわたしには、まだそれに気がついても社会に大きな変化を起こせるだけの力はありません。だからと言って無力さを嘆いたりもしません。小さな行動、小さな変化を積み重ねていけば、どんどん拡大していくと知っているからです。そして、必ず社会全体が、世界が、癒される日が来ると信じています。

そして、怒りについて書きましたが、一番大切なのは喜びで生きること、喜びを広げることだと、心から思っています。

感謝は喜びから生まれるもの

もうずっと以前に、スピ本には必ず「感謝しましょう」って書いてあるのって、なんでだろうな?と思っていたことがありました。それからしばらく経ち、「感謝」は波動の高い感情だと知って「なるほど、そういうことか」と思ったのですが、だからと言って、とってつけたように何にでも感謝するのにも、無理矢理感や違和感を覚えることもありますよね。

先日、「感謝ってなんだろう?」と聞かれた時、「喜びから生まれるもの」という答えが真っ先に浮かびました。

「あぁうれしい、楽しい、なんて幸せなんだ」って思っていると、感謝の気持ちが、自然にこんこんと湧いて来ます。これが、本当に波動の高い状態ですよね。

頭で「引き寄せのためには感謝をしなくっちゃ」とか「感謝をすれば幸せになれる」と思って感謝をしても、感情が伴いません。自分も感謝された人もいい気分にはなれるので、決して無駄ではないのですが、感情が大きく動いて心の底から「有り難い」って思う時とのそれとは、エネルギーの質が、まったく違うと思います。

わたしは「感謝しましょう」と言うよりも「心から喜びましょう」って言う方が、本当はずっとずっと大切なんじゃないかと思っています。喜びから、感謝は自然と湧き出るものだからです。

そしていま、素直に喜べなかったり、素直に喜びを表現できなかったりする人も多いと思うからです。

うれしくない時は喜ばなくていいんです。だけど、うれしい時は本気で喜んだほうがいい。

喜びを放つと、幸せな感情が数珠つなぎにどんどん生まれます。自分の内側からも、受け取った相手からも。人は基本的に、人を喜ばせるのが好きなもの。喜びは、受け取った相手も幸せにするのですから、喜びを表現することは与えることにもなるのですよね。

石巻市 雄勝を訪れて

週末に石巻の雄勝町へ行ってきました。震災のすぐ後に、会社で雄勝の復興支援にまつわるウェブのお手伝いをすることになり、その繋がりでずっと雄勝に絡んだ仕事をさせてもらっていたので、雄勝の海はすっかり馴染みの風景のような気がしていましたが、実際に訪れたのは今回が初めてでした。

朝、新幹線で仙台に着くと、洗い立てのようにキラキラした空気で、バスの窓から美しい彩雲を眺めながら雄勝に向かいました。

震災から、すでに4年以上が経ちます。こんなにも空は美しくて、予想とはまるで違うなと思いましたが、バスが雄勝に入ると、様子が変わりました。

自然の中に、突然むき出しの土地とダンプカーが現れ、プレハブで出来た仮設のお店が何店か集まって営業していました。漁師さんたちは早くから漁を再開していましたが、町の様子は、4年経ったいまも、テレビのニュースで見た震災後の景色とそう変わらないようにも見えました。それでもやっぱり、この町で生きようとする人の営みには、力強さを感じましたし、自然で、とても美しく見えました。

雄勝が初めてのわたしに、ここで何があったか、これからここに何ができるかを案内してくれるのを聞いている時、時々、脇の辺りを後ろから掴まれるような違和感を覚えました。すこし気持ちが悪いな、何だろうな?と思いましたが、決して、ここで亡くなった方たちの霊だとか、そういった存在ではないことは、わかりました。

車道から見える湾の様子は美しくて、生まれ育った伊勢志摩のリアス式海岸を思い出して、よい景色だなぁと眺めていると、そこに9メートルもの高さの防波堤を莫大な費用をかけて建設する予定なのだと聞かされました。あの美しい景観は、いったいどうなるのでしょう。町の人たちは、果たしてそれを望んでいるのでしょうか。

「被災地」ということについて尋ねてみると、漁師さんたちは、悲しみを越えて「津波はいつか来るものだ、海と生きるっていうのはそういうことだ」と出来事を捉えているのだと聞きました。わたしは、町で暮らす人と、町の外から見ている人たち、特に行政との、意識のギャップがとても大きいように感じました。

雄勝に入って感じた、後ろから掴まれるような気持ちの悪さは、生きている人の念、それも町の外の人たちの様々な思惑のようなものではないかと思ったのです。

雄勝の自然も、町も、人も、いまを生きています。実際に、生き生きと輝いているのです。そういった逞しさを、わたしは、本当に美しいと思います。

怒りの感情、怒りのエネルギー

最近、Pretty in Pinkの仲間たちの間では「怒り」がちょっとしたブームになっています。そんな中、師匠のみちよさんも「怒りの扱い方」という記事を書いていて、シンクロしているなぁと思っていました。

昨夜、友人が亡くなった知らせについての記事を書きましたが、そのあとすぐに「怒り」について考えさせられることがありました。

ブログを書いたあと、お風呂に入りながら、ふと「精神疾患を持つ人を無料でカウンセリングしよう!」と思い付きました。「彼女と同じ苦しみを持つ人を、どうしても助けたい」と思ったのです。

一聞、良いことみたいですよね? お風呂はわたしのひらめきの場所だし、その思いつきに、意気揚々とした気持ちでした。ふと「オラクルカードに聞いてみよう」と思ったので、最近気に入っている「エンジェルアンサーオラクルカード」を引くと、

「待て!」
「ノー! 絶対だめ!」
「考え直せ!」

と、強い否定のカードばかりが、ばんばん飛び出して来て、必死で止められました。飛び出したカードだけでなく自分で引いたカードも同様で、「こんなにも否定のカードの種類があったのか」と思うほど、見たことのないカードが出て来たのでした。

あれれ、なんでだろう?と思って考え直してみると、自分が「喜び」からではなく「怒り」で行動しようとしていたことに気がつきました。医療への怒り、世の中への怒り、そして役に立てなかった自分への怒りです。

自分自身は、出来事を受け入れているつもりだったし、まるで良いことをしようとしているように思えたので、すぐに気がつかなかったのですが、静かな怒りが心にあって、それが原動力になっていました。

怒りの感情って、ものすごく強いエネルギーがあります。だけど怒りは、なにかを守るためや、自分を守るための感情。野生の動物は、そういう風に怒りのエネルギーを使って、身を守っていますよね。

だから、怒りの感情をそのまんま行動のエネルギーにしてしまうと、ズレてしまうんだなと思いました。

喜びで行動するのが本来の姿です。怒りのエネルギーは、希望に転換して活力にすることはできても、そのまんま使うことはできないんだなと思ったのです。

かつては、怒りから活力を得て世界を良くしようとするような、そういった使い方もあったと思います。その最たるものが戦争ですよね。

だけど、いまの時代に求められるのは、やっぱり、喜びを広げていくことだと思うのです。


Angel Answers Oracle Cards

ドリーン・バーチューさんの「エンジェルアンサーオラクルカード」は、ものすごくハッキリと答えが返って来る、使いやすいデッキです。友だちの間でも人気があって、オラクルカード好きの友だちは、みんな持ってると言ってもいいほど。

使われているのは簡単な英語なので、わたしは価格の安い英語版のほうをおすすめします。英語版は、カードの縁が金色なのも気に入っているところです。

 Angel Answers Oracle Cards

Angel Answers Oracle Cards